戦後71年の盛夏

平和絵画・原爆展」の開催

   板橋区は、昭和60年1月1日に世界の恒久平和を願って「板橋区平和都市宣言」を発し、以来、核兵器の廃絶と平和のための努力を訴え、様々な平和記念行事を実施している。平和の尊さや戦争の悲惨さを伝えようと平成7年から毎年、区立小学校の児童・生徒が「平和」をテーマに描いた絵画をはじめ、原爆関連の写真や資料を展示し、戦争の惨禍を伝える「平和絵画・原爆展」を実施している。今年は8月17日から板橋区役所1階区民イベントスペースで23日まで。8月25日から30日は赤塚支所1階ギャラリーでそれぞれ展示された。

 今年度は、「広島平和記念資料館」の協力を得て、広島市民が描いた原爆の絵(複製)や区内の戦災資料が展開された。絵画作品30点は、区立小・中学校から応募のあった138点の中から優秀作品に選ばれたもので、「戦争のない世界」「平和な世界へ羽ばたけ」など、『平和』や『戦争』に対する子どもたちの思いが、メッセージとともに画用紙いっぱいに表現されていた。
初日(17日)は、優秀賞に選ばれた作品を描いた児童・生徒へ賞状の贈呈式が行われ、坂本 健区長から賞状が、杉田ひろし議長からそれぞれの作品を撮影した写真入りの楯が一人ひとりに手渡された。優秀賞を受賞した生徒のひとりは、この絵『8月6日のあの日は忘れない』は、戦争の悲惨さと原爆の悲劇が忘れられないようにとの思いと自分自身の心に刻むために描きました。と話していた。会場では、受賞した生徒の保護者をはじめ、区内小中学校の教員、区役所を訪れた区民らが立ち寄り、子どもたちが描いた作品や戦時資料などの前で立ち止まっては、絵に描かれたメッセージや解説文などを熱心に見入っていた。
主催、板橋区平和都市宣言記念事業実行委員会(板橋区・板橋区議会)

 

 成増陸軍飛行場〜残された秘蔵写真



 練馬区立石神井公園ふるさと文化館(石神井町5ー12ー16)において、歴史・民族・自然など、様々なテーマで行うふるさと文化講座「成増陸軍飛行場〜残された秘蔵写真」が8月21日14時から16時まで開催された。
講座は、戦時中、現在の練馬区光が丘一帯にあった成増陸軍飛行場についての講演会。飛行場を本拠地とした「帝都防空・飛行第47戦隊」の元隊員から提供のあった秘蔵写真や、関係者からの聞き取り調査などをもとに、近隣住民との関わりや特攻隊による防空戦闘の様子を紹介した。
講師は、山下 徹氏。板橋区生まれ、板橋区育ちの郷土史家で、カメラマンとしても活動中。仕事の傍ら、10年ほど前から全国各地で行っている「成増陸軍飛行場」についての実地調査をはじめ、その成果を映像にまとめるなどの研究を進めている。
成増飛行場は、帝都防空を目的として現在の練馬区光が丘一帯に建設された陸軍基地。1942(昭和17)年4月18日に米空母から出撃した爆撃機により東京が初空襲を受けたことで急きょ、建設が決められた。①高松町一帯は大地主が多く、土地が平坦で人家が少なかった②新川越街道沿いに軍事施設が点在していた③冬には麻布3連隊や騎馬隊の演習場としても使われていた④皇居上空まで3分以内で到達可能なこと、が候補地としての決め手となり、昭和18年10月には戦闘機の発着が可能となった。
戦後はアメリカ軍の家族住宅「グラントハイツ」となった後、現在の光が丘地区となった。
光が丘団地の世帯数は12627、人口は28271(28年1月1日現在)。